自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
四季と暦

意識と目にみえないもの

これまでにも月の動きや季節の移り変わりと私たちの心と身体の関連について、何度か記事を書いてきました。

でも、自然界や天体のイベントにまったく関心を払わずに暮らしていたとしても、日々の生活はまったくなんの支障なくもすぎてゆきます。

私自身もだいぶ長い間そんなことに関心をもたずに過ごして来たひとりです。

しかしいくら豊かで近代的な生活を手に入れたといっても、人間も地球に住まう生き物の一種。天体や大地の移り変わりの影響を、物理的にもまた生物学的にも受けていることは、なんら疑う余地のないことでしょう。

身を守る鉄の囲いも持たず、五感すべてをキンキンに研ぎすまして走るオートバイ乗りは、季節の移り変わりにとても敏感です。

身体に風を受けながら、太陽の光、空の色、海の色、風の匂い、山の景色などを通して、季節の変化を文字通りの肌感覚で感じ取ります。

明確な意図を持ち、自らの身体もその一部となって車両を操りながら、頭に描いたイメージを目に見えるテクニックという形で具現化していく。乗ることは「祈り」にも似て、そしてときには見えざるものの存在を確かに感じることがありました。

でもこれ、とっても感覚的なものなので、もっとわかりやすく具体的に説明しろと言われると、うーん、とても難しいのですが・・・明日の朝まで語るかもしれませんがおつきあいいただけます?(笑)

・・・言うならば、私たちの中にわずかに残された動物としての最後の本能のようなものが、そのなにかに共鳴している、といえるのかもしれません。

そういえばハタチを過ぎてしばらくのある年の春、節分を過ぎた頃あたりから春の連休のあたりまで、決まって毎年体調を崩しているということに気付きました。その頃になるといつも身体が重だるく、全身がむくんでどんよりしているような。

何日も微熱が続いたり、気持ちがふさいでわけもなく落ち着かない・・・医者にかかってみても、特に原因が見つかるわけでもなくストレスだの疲れだのとむにゃむにゃと言われるばかり。

季節が初夏を迎えるあたりになればすっかり元気になるのでやり過ごしていましたが、いまにしてみれば、冬から春に向かう自然界の大きなうねりのような動きに対する反応だったとスッと納得もできます。

でもその頃は原因が分からないこともあって、仕事も思うように手につかないし、それはそれは毎年毎年、ほんとうにしんどい思いをしたものでした・・・ふう(遠い目)。

自分自身の身体に興味を持ち、やがて私をとりまく自然界の動きに意識を向けてゆくうちに、身体がどうやら季節の移り変わりや地球の動き、気やエネルギーなどの目に見えないものの影響を受けてまるでバランスをとるように変化しているようだ、と気付いたあたりで、ジグソーパズルのピースがぴたぴたぴたとはまるように、いろんなことが腑に落ちて、ずいぶん生きやすくなりました。

物理的、現実的なものを超えた大自然、宇宙の機微をどうとらえるかは人それぞれ、いろいろな考えや感じ方があっていいと思います。

でも地球や天体のエネルギーという視点を通してあらためて自分の日常を見つめてみると、これまでとは違った側面で様々なことがはっきりと見えてくるような気がしています。

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