自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
心と身体

パターン化された思い込み

すっかりご無沙汰です。

ブログを読んでいますよ!と声をかけてくださる方もいらっしゃるのでそのたびにこの更新の少なさ加減に「はっ」となるのですが、カンボジア旅行記もなんだかんだでもうかれこれ一ヶ月たってしまいましたね。

さて、そのカンボジアの旅のエントリーで「旅は基本的には一人」という内容で記事を書いたのですが、その記事を読んでくださったという方に「旅はひとりと決めているのですか?」と聞かれてはた、と思い当たりました。

そもそも私がひとりで旅行をするようになったのは、高校生の夏休みの旅がきっかけでした。

父親が突然、お金は出してあげるから社会勉強として好きなところに旅行に行く選択肢をあげようと言い出したのです。

でももし君が旅行を選ぶのなら成人式の振り袖と写真撮影は諦めてもらわなくちゃいけないよ、君はどちらを選ぶ?と。

当時ハタチの晴れ着になんかまったく興味のなかった私はふたつ返事で旅行に行くことを選び、歳の離れた従兄弟が住むロンドンを目指すことにしました。

そしてどうせだからと近隣諸国7カ国を巡る4週間の旅程を立てて、「航空券も合わせていくらいくらになりますからこれだけのお金を用立ててください」と父に最終見積もりを出して旅が実現しました。

さすがに4週間も欧州を旅するのに、気軽に声をかけられる友達はおらず、必然的にこのたびはひとり旅となったわけですが、この大冒険が私の中での旅のスタイルとしてひな形となりました。この数年後に今度は自分でアルバイトをして貯めたお金を全部つぎ込んで約ひとつき気ままに周遊したオーストラリアも、当然のようにひとりで出かけたわけです。

そしてその後恋人ができてからも、自分の都合で自分の好きなときにひとりで旅をするというスタイルがずっと続いていました。

「来週お休みが取れたからちょっと京都まで行ってくるね」とか「来月の中頃インドネシアに行ってくるね。多分10日間くらい」とかいうふうに。

いつも黙って送り出してくれていた恋人でしたが、あるとき「ところでなぜいつもひとりで旅行に行くの?」と聞かれてはじめて、あ、そうか、と思いました。

一番最初の成功体験がそのままひな形となって、なんだか旅はひとりでするものってパターン化しちゃったから「旅=ひとりでいくこと」みたいなスタイルができあがっていたのですね。

これって一種の思い込みと言っていいんじゃないかと思います。

でもこういうことって実は私たち日常の小さなことでもいくつも持ってる気がしませんか?

自分の中のパターン、思い込み。

うまくいったことを同じ方法で何度でも繰り返していたり、逆に一度やって失敗したことは二度と手を出さなかったり。

リスクを取らないという論点からとらえれば非常に有効で無駄のない方法のようにも思うけど、同じことを同じ方法で繰り返すことって実はチャンスや発見や新しい経験を逃す生き方よねえ、と今回そんなことをつらつらと思いました。

それってちょっともったいないかも。

自分の普段の行動、少し意識して見直してみようと思いました。

ところでいまはじめて思いが及んだのですが、父は私が「振り袖はいらないから旅行を選ぶ」と言ったとき、どう思ったのでしょう。

まがりなりにも娘の成人の晴れ姿って、男親としては見てみたかったのじゃないかしら。

それとも見たくないから私に旅行をすすめたとか・・・笑

今度それとなく聞いてみようと思います。

RELATED POST