自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
ひとりごと

なんかもやもやしちゃう言葉

白状します。

 

昔からちょっと苦手な言葉があります。

「手放す」

なんか抵抗があって使えないんです、私。

  • 思い込みを手放しましょう
  • 怒りの感情を手放しましょう
  • 過去の記憶を手放しましょう
  • 執着を手放しましょう

確かに私たちはほんとうにどうでもいいようなことを一生懸命抱えて生きています。ときには自分のものじゃない価値観とか、躾と称して刷り込まれたものとか。

でも「手放す」って簡単じゃないです。

邪魔なのにしがみついているのには、その人の現状においてそこにこだわらなくてはならない理由があると思うんですよね。だからこその執着であって。

はたからみたら「え?」って思われるようなことであっても、本人にとってはそれがなければこれまでの人生が否定されてしまうほど重要だったり。

すごく傷ついて怒りに燃えた過去があったり。

すごくすごく怖い思いをしたことがあったり。

それを「祝福して手放しましょう〜」って言われて「うん、ぱっ」って簡単に手放せるものではないでしょう。

だからこそみな必死に自分自身に向き合ったりチャレンジしたりしてるわけです。

しがみついてしまう執着の裏側にある感情(恐怖、寂しさ、甘え、依存、期待、プライドや怒りもあるでしょう)、そこを認めて自分自身と向き合って、自分自身を知っていく。そこがないまま、執着をただただ悪しきものとして排除しようとしても、あらたな歪みを生むだけではないでしょうか。

こだわってしまうなら、もうはらをくくってとことん一緒にいたらいいじゃないですか。

逃げずに本気でがっつり向き合うしかないんだと思うんです。

どっちにしろしんどいことには変わりませんが、向き合うことでかならず終わりは来ます。

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