自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
ひとりごと

人生の手綱は自分の手がちゃんと握っているということ

お客様に、ときどきこのような質問を受けることがあります。

ある方にみていただいたら「この時期、あなたの運気はあまりよくないからいまはじっとして動かない方がいい」と言われたんですが、やっぱりこういう時期は動くべきではないですよね?

(ほかにも前世がこうだと言われた、こういうカルマを背負っていると言われたとか・・・まあそういう類のお話もあります)

こういうとき、私は逆にお聞きします。

SHiHO
SHiHO
あなたはなぜその方に相談したのですか?
そしてなぜここへきて私にそれを聞くのですか?

きっとそれなりの鑑定料も支払ってみてもらったはずなのに、言われたことを疑うのなら、なぜ相談したのでしょう。そしてなぜここへきて私にその質問をしているのでしょう。

そうお聞きすると、たいていの方はぱっと体の奥に明かりが灯ったような顔をして笑い出します。

体の奥で回路が繋がってピカーンと明かりがついた感じ。表情は明るく目に光が宿ってキラキラし始めます。

もうこんな状態のときは、クリスタルもカードも、それらを使ったセッションも出番がありません。

ほらね、うん、だってそうでしょう。
ほんとうは自分の奥底ではとっくに決めていたのですよね。

なのに自信がなくて、こわくて背中を押してほしくて、それを確認しに行ったのでしょう。「はい正解!動くならまさにいまです!」の一言を聞きたくて。

ところが意に反して「いまは動くな」と言われる。

そして(なぜだか)ああやっぱり・・・と思う(そしてもしかしたら少しホッとしたかもしれません)

でもその一方で、やっぱりなんだかモヤモヤしてしまう。

心の奥底でむくむく沸き上がる違和感は、無視されれば呻くのです。

このままではいずれまた、今度こそ背中を押してくれる他の人を探して、同じ質問を繰り返すことになりませんか。

意見やアドバイスがいけないことだとはいいません。

でもそれは、誰の声でもない自分の核ともいえる奥底の声を、自分でちゃんと聞けるということが前提になければ闇雲に揺さぶられるだけです。

しっかり人生の手綱は自分で握ったうえで、やっぱり言われた通りいまはそのときじゃないと感じる、というのなら、そのときこそ自信を持って「いまは動かない」と自分の責任において選択できます。

つまり、もうほんとうに、うんざりするほど言い古されたフレーズのように聞こえるかもしれないけど、やっぱり結局こういうことなんです。

どれだけ外に求めても、自分の外に答えはないのです。
誰も決めてはくれないのです。

これが言うほど簡単じゃないことは、私も現在進行形で体験中です。
私もしょっちゅうグラつくし、こわいことだらけだし、自分を疑って途方に暮れて泣きたくなることもあります。

人生チョロいくらいなにもかもうまくいく魔法ないかなー!って思うことだって。

でもやっぱり、いまの自分をありのままに受け入れて、やってくる経験を丁寧に扱いながら、自分の内側を表現していくことで、やっとはじめて自分を生きることがきるんだと思うんです。少なくともいまの私はそう考えています。

そんな私がやってるサロンだから、冷たいと思われるかも知れないけど、自ら気づき経験するという最大の贈り物を奪う権利は私にはないから、私はご本人の出される結論をただじっと見守るだけです。

だからこそ、そのためのサポートなら最大限、惜しみなくさせていただくのです。

横から単純にずばっと手を差し伸べるのではなく、鏡の位置を少しだけ変えて見えづらかったものが見えるように。

生まれてからずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいる自分自身。
他の誰でもない自分自身としっかり手をつないで生きるということ。

なんだか最近立て続けにそんな質問を受けたので、今日はそんなお話でした。

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