自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
ひとりごと

だれか

予期していなかった衝撃に対する身体的・感情的反応には個人差があります。

泣くものもあるし、憤るものもあるし、こわがるものもあるし、なぜだか笑ってしまうものもある。

私の場合は こわがる かな。

いちばん大騒ぎになるのは、不意打ちで物陰や背後から大声で驚かされた時。

ぎいいいやあああーーーー!!

私の狼狽ぶりには仕掛け人の方が動転してしまうほど。もうね、脊髄反射的に反応してしまうので、気づいたら大声を出しているんですね、やれやれ。

実はこうした反応の仕方は乳幼児に母親を見て学ぶと聞いたことがあります。

だとすると、そこにいわゆる信念体系のパターンというものが介在しなければ、私のこの反応は母から受け継いだものなのかもしれません。

いちど無防備な時に背後から「わっ!」と大声をかけてみたらわかるのですが、しかしほんとうに私と同じだったらキケンなのでやめておきます。

衝撃といえば、私にとってのここ10年ほどは、まさに衝撃の連続でした。

ここでは書けないようなこともふくめ、これまで信じていたことが実はまったくのデタラメだった!と知るようなことも、立て続けに体験しました。

今日発行のメールマガジンにも書いたのですが、ここ20年くらいの間の人類の情報共有量は凄まじい勢いで増大しており、さらに近年の地球のエネルギー変動によってこれまでの価値観を180度覆してしまうレベルの様々な事実がどんどん露呈してきています。

さらにこれまでの歴史上で一般に知られてきたようなことが根底から覆されるような研究結果が明るみに出てきたりもして、もうそうなると人類の歴史そのものが概念からひっくり返ることになります。

そしてそれらは私たちの集団意識にも間違いなく、大きな影響を与えているのでしょう。

「自分は一体誰なのか」を魂のレベルで追求し始める人々が世界規模で増え続けているのは、そうした背景もあるのだと思います。

自分が誰でなにをしにやってきたのか。

願わくばここ日本でそうした意識に目覚めた人たちがもっともっと増えていったら、この日本は、世界は加速度的に変わるのに、と切実な思いでおります。

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