自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
ひとりごと

ひかれるもの

私にとっての楽しみのひとつに浴室での読書や映像鑑賞があります。

特にこの時期はぬるめのお湯にじんわり汗ばむほど浸かりたいので、お風呂に浸かる楽しみと読書や映像鑑賞の楽しみが一度に味わえて一石二鳥。

ところがつい先日、鑑賞する作品の内容によって身体の温まり方が違う、ということに気付きました。

その日はたまたまハードディスクに入っていた普段は観ないジャンルの映画を何気なく再生したのですが、冒頭からいきなり免疫のないバイオレンスなシーンの連続で思わず再生を中止しました。

いつもならほかほかとあたたまってじんわり汗ばんでいるはずなのに、その日は身体は冷えたまま。

なんだかキュッと縮こまったように感じる気持ちを切り替えてリラックスしているうち、やっとジワジワと汗が滲んできました。

身体の反応って私たちが思っている以上に素直で、脳は私たちが頭で考えたことと実際に起こったこととの区別をしないのだそうです。

つまり想像やイメージがリアルであればあるほど(例えば大きなライオンが目の前にいる!とか、後ろから殺人鬼が追ってくる!とか)脳はあたかもそれが実際に起きていることのように反応し身体にそう指示を出すというわけです。

つまり血圧を上げて呼吸を早くして筋肉を硬くし、戦闘体制もしくは逃走体制をとるわけですね。

実際「◯◯が起きたらどうしよう・・・」と日々そればかりを強く不安に思って暮らしているうちに、実際はそんなことは現象としてはどこにもないのに、脳と身体にとってはそれが 事実 となってそれが実際に起こった世界を体験することになる、という笑えない話を聞いたことがあります。

聞いた話で出典がきちんと出せないのでSFのように聞こえることも承知していますが、理屈は通っているように思えます。

しかしあの作品チョイスは明らかに大失敗でした・・・

芸術やエンターテイメントととして過激なバイオレンスや悲劇を扱う分野の娯楽が盛んであることは知っていますしもちろんそれをどうこう言うつもりはまったくないのですが、少なくとも身体を温めたいときに観るものではなかったなー、と思いました。

しかし気づいてみると、そういえば私たちの生活の中にはこうした種類の娯楽が無造作に散らばっています。

あえて娯楽という言葉を使わせてもらうと、電車の中吊り広告やネットに流れてくるトピックスなどにも、ドキッとするようなショッキングなタイトルが踊っていますし、そういうものがやはり注目を集めやすいのだなあと思います。

心の中では穏やかな毎日を望んでいるけど、その一方で刺激やネガティブなものに惹かれる。よくよく考えたらこれってとてつもない矛盾のようにも思えますね。

世の中のありとあらゆるものは微細な振動によって共鳴し合っている、という原理からいえば、人の心の内側にあるなにかがそうした娯楽に反応しているということになります。

短絡的に、暴力的な表現を嗜好する人たちイコール暴力的、とは決して思いませんが、一体なにがそこまで人の心を掴むのかなあと考えたここ数日でした。

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