自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
ひとりごと

意図のパワーを使いこなす

今日ふと記事を書きながら、こんな気まぐれな更新にもかかわらず飽きずにおつきあいくださってありがたいなあ、とふつふつと思いが込み上げてまいりました。

あらためてお礼を言わせていただきます。みなさま、いつもご訪問ありがとうございます。

さて今日は意図のパワーを使いこなすというお話。

現実の創造には意図が不可欠

ここでも散々書いている通り、意図は創造には不可欠です。まず意図することで現実が動くんです。

そのためにも私たちは意図を正しく使いこなす必要があります。

そんなん当たり前じゃん、知ってるよという方もいらっしゃるでしょうか。

使いこなす?なんだソレ、と思われた方は、ぜひこのままおすすみください。

意図するパワーはそれがハートから溢れ出たときに、最大出力で発揮されます。

ハートから溢れる状態は、自分自身のセンターにいて、なおかつその状態で寛いでいることではじめて可能になります。

子どもたちが自分が欲しいものを躊躇うことなく口にすることができるのは、自分自身でいることになんの疑問も持たないからです。

無意識に自分を下げたり卑屈になったりしないからです。

その状態で発する意図のパワーは純粋でまっすぐなエネルギーに満ちています。

ところが大人になるにつれ無意識に自分を卑下したり、偽りの仮面で自分を隠すことを覚えるうちに、どんどん自分の中心から遠ざかってしまうと、もはや自分がなにを真に求めていたのか思い出すことが難しくなってきます。

そしてかわりにハートから遠ざかったまま、答えを求めてぐるぐると思考し始めるわけですが、そこに答えがあろうはずもなくさらにはもっともっとハートから遠くへ・・・

形はそれらしくみえてもそこに明確な意図がなければ、歪んだ現実が創造されるばかりです。

ハートの真実にはいつでもアクセスできる

ここでしかし、朗報なのであります。

ハートに戻る道はいつだって閉ざされることなくぴかぴかに開いていて、いつでも、誰の許可もいらず、自分の力で戻ることができるのです。

自分を下げたり卑屈になることが無意識レベルで日常になっている方にとっては、ちょっとした(いや最初はかなり)トレーニングになるかもしれませんが、必ず戻れる、大丈夫!と信じて、投げ出さずに取り組んでみてほしいなと思います。

自分を責めたり、人と比べて落ち込んだりしていることに気づいたら、そんな自分にまず気づく、ということから始めたらいかがでしょう。

その反応がほぼ自動操縦的に起こる傾向のある方は、ある一定の思考の型をお持ちのはずですから、焦らず気長に取り組むことで成果は目に見えて現れてくるはずです。

エゴセルフは私たちの本質とは無関係な幻想だと捉えると、理解しやすいかもしれません。

幻想であれば「これは幻想だ」と観察されることでもう現実のものではなくなるため、そんな仮の自分の姿に騙されることもなくなります。

ある場所にいた美しい女性

意図という観点でご紹介したいお話を思い出したので、ぜひ聞いてください。長くなるけど。

先日とある天然石のショップで、ある人がとても美しく意図のパワーを使いこなす現場に居合わせました。

その方はそのショップのオーナーで、ドライセージの煙の中でクリスタルをスマッジングしていました。

煙を浴びてひとつひとつのクリスタルがみるみる色を変え輝きを増し、鮮やかなまでに明確に目を覚ますのが、はたからでもはっきりと見て取れました。

女性はリラックスした様子で口元にかすかな笑みを浮かべて手元に視線を注ぎ、クリスタルをゆらゆらと煙にくぐらせては取り出し、テーブルに乗せていました。

うわあ、キレイ・・・!

私は思わずそう叫びましたが、私がとりこになっちゃったのは、スマッジングされた美しいクリスタル以上に、実はその女性ご本人のほう。

彼女の視線、表情、手の動き、煙の流れ、それらすべてが意味深くて美しく、私はすっかり魅了されてその様子を見守りました。

石たちはどれも、それまでとはまるで別の石のようになって煙の中から再登場するのでした。

それは文字通り、完全に覚醒し、開いた石たちでした。 驚きました。

帰路につきながらも私は、一体あれはなんだったんだろう、とずっと考えていました。

そしてやっとあることに気づいて深くうなづいたのです。

すべてはその方の意識の状態にありました。

女性の意識は完全に いまここ にあり、そこには無意識やエゴが介在できるほんの小さなスペースすらゆるされていませんでした。

だからこそ彼女はあれほどまでにゆったりと寛いで美しかったのだし、だからこそ私はそんな姿に魅了されたのだと気づきました。

みせかけでない真の美しさとは 本質 そのものだからです。

私はよく、

その形だけを真似て形式的に行う浄化なら、どんなに素晴らしいハーブや特別な水や、高価な音叉を使っても意味はありません。しかし意図さえ明確に行うならば、例えふうっと息を吹きかけるだけでも儀式は完了します。

という風にご案内するのですが(そして一部のマジメな方を混乱の海に突き落とすことになっちゃったりするのですが)、あの女性の意図のパワーは、深く眠った石さえも、たった一息の吐息で完璧に目覚めさせるのだろうな、と思いながら帰路につきました。

ただしもちろん、その方が実際にそうしたいかどうかはまた別のお話ですが。

上の写真は、あざとく演出された自撮りなのですが(てへへ)、スマッジングとは、クリスタルをドライハーブの煙にくぐらせて行う、ごく一般的なクリスタルの浄化方法のひとつです。

そのほかにもよく行われている方法として、私の知る限りでは、水を使う方法、アロマを使う方法、音叉やティンシャなど鳴り物で音を使う方法、レイキなどエネルギーを使って浄化する方法などがあります。

そして中にはもちろん、天然石には自浄作用があるから浄化などはそもそも不要、とする考え方もありますね。

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