自分自身の
本当の姿を思い出す旅へ
心と身体

物質の断捨離と心と身体の断捨離

お片づけのブームにもなった「ダンシャリ」という言葉。

この言葉を最初に聞いてから、もうどれくらいがたつでしょうか。

このおかたづけ旋風が一過性のブームで終わるのかと思いきや、お片づけに関する著書はその後もあらゆるところから出版されて、私たちの生活や生活の質を語る上ではかかせないものとなりました。

断捨離とは

wikipediaをひいてみますと・・・

断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり・・・

とあります。

モノが減ったら生活が調和する??調和??

これって単に「部屋が片付いてスッキリする」とか「不要なものがなくなってさっぱりする」とかの表面的なことだけじゃなくって・・・

もっと深いものごとの本質というか、どう生きるか、どう生きたら幸せなのか、そもそも幸せってなんなのか(物質的な豊かさ=幸せなのか)、そんなことをみんなが考えるような世の中になった証なのかなあ、なんて思います。

情報の取捨選択が求められる

私たちは毎日湯水のように情報のシャワーを浴びて暮らしています。事実、この時代は情報が多く迷いやすいのだと思います。

そのうえ社会が成熟するにつれ価値観が多様化していて、もはやなにが正しいかなんて、どんどん曖昧になってきていますよね。

情報が湯水のように押し寄せてくるなか自分の力で情報を精査し判断する力がないと、他人の価値観に占領されてどんどん本来の自分自身から遠ざかってしまう。

現代人の中には読解力をなくして深く考えない人が急増している、と指摘するエラい人もいます。

思考停止の世の中だともいわれています。

そんな時代にあって、だからこそ、本質的に、シンプルに、自分のあり方やライフスタイルを追求していくという意識が、本能に近いところのレベルで刺激されているのかもしれません。

心と身体の断捨離

私が提供しているサービスは、そういう意味ではいわば心と身体の断捨離ともいえます。

  • 捨てられない執着
  • 抱え込んでしまった強い感情
  • 思い込みやこだわり

そういうものって自分のもののようにも思えて、実は親や教師など外から植え付けられた、他人の価値観だったりすることがとても多いのです。

そのようにして外から植え付けられた価値観や、それによって抑圧され停滞した自分本来のエネルギーが少なからず身体に及ぼす影響についても、私は危惧しています。

「それはそういうものなのです」とずーっと聞かされて育ったおかげで本来の自分とすっかり同化してしまった他人の価値観。しかしもともと自分の中になかったものなんだから、案外簡単に捨てられるものもたくさんあります。

心や身体に溜まった不要なものを流すと、意識がとてもクリアになって心身ともに軽くなります。

そのクリアな状態こそが、本来の自分自身。

その本来の自分自身が気持ちに正直に輝き出したら最強です。

住む家を整頓しただけで運が向いてきた!
セッションを受けただけでなんだかすべてがうまくまわりだした!

これらを信じられないような話と思いますか?

でも、つまりは、そういうことなんです。

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