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苦痛かよろこびか

ひとりごと

先日渾身捨て身でアップした「わたしの吐露話」。

https://pranaromana.jp/2018/01/25/mytoro/

ご反響、嬉しく受け止めております。

よくわかる、私にも似たところあるから読んでてドキドキした、というお声もいただきました。

実は反発は承知で申し上げるのですが、私といずれかでもご縁のある方は(まったくの偶然で今日このブログにたどり着いてしまったあなたも含め)ほぼ身に覚えがあるか、なんとなくでもご理解いただけるのではないかしら、と内心思っております。

ひとつだけ補足させてくださいませ。

あのお話は「悪いお手本」ではありません。だからもし身に覚えがあったとしても「こうなっちゃいけないんだ・・・」と思わないでください。

こうなっちゃだめなんだ、と自分を責めるのは、ひとつの思考のパターン、クセのようなものです。

代わりに「そうしなくてはならない自分の奥底にある気持ちにフォーカスする」方が建設的ですからぜひ。

感じていただきたいポイントは、そこに よろこび があるか、です。

よろこび という言葉がわかりづらければ、柔らかな気持ち、分かち合う気持ち、明るく軽やかな方へ向かう、という気持ちが一緒にあるかどうかです。

当時の私のありかたは、自分の価値を人に決めてもらう、というありかたでした。

よろこび が、分かち合える気持ちなら、こちらは「いただきたい」「もらいたい」もっと強くいうと、「勝ち取りたい!」というような気持ちに似ています。

ゴールの設定や評価を目標にすることに意味がない、と言っているのではないのです。

どんなに自分に厳しく、高い目標に必死に食らいついていたとしても、繰り返しますが、感じていただきたいポイントは、そこに達成するよろこびがあるか、なんです。
こうしなければ◯◯してもらえない

  • ◯◯してもらえない=
  • 愛してもらえない
  • 認めてもらえない
  • 評価してもらえない
  • 褒めてもらえない

など、人からなにかもらうことを求める行動は よろこび からくる行動とは真逆のエネルギーに満ちています。

人に自分の価値を決めてもらうという生き方をしていれば、評価がもらえなければ自分はゼロと同じです。こんなおそろしいことはありません。

よろこびを伴う行動は、自分だけでなくまわりも巻き込んでその場にあたたかな調和を作ります。

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